盛岡八幡宮
盛岡八幡宮は南部氏が本拠地を盛岡に移してから南部氏の氏神である櫛引八幡を秋田から勧請したことに始まり、江戸時代に源氏の氏神である石清水八幡宮から勧請した鳩森八幡宮も同地に遷座されました。伝統的な神事である南部流流鏑馬が奉納されるところとしても有名です。
盛岡八幡宮の創建
盛岡八幡宮は康平5年(1062年)に源頼義が前九年の役で進軍したときに源氏の氏神である石清水八幡宮から勧請して戦勝祈念したと伝えられます。鳩森八幡宮と称して鎌倉時代中期に豪族の日戸氏が崇拝しましたが、戦国時代に日戸氏が南部氏に従属して慶長13年(1608年)に野辺地城に移封になりましたが、南部家が盛岡城を本拠地にすると南部家が源氏の流れを汲むことから篤く帰依しました。
多くの摂社がある巨大な神社です
本堂は明治42年(1909年)に再建されました
延宝8年(1680年)に南部重信が南部氏の氏神である櫛引八幡を青森から勧請して現在の場所に社殿を建立し、明治時代になり鳩森八幡を同地に遷座しました。盛岡八幡宮に祀られている神は、品陀和気命(第15代応神天皇)で農業、工業、商業、学問、衣食住など人間生活の根源の神として昔から地域の人々の多大なる崇敬を集めてきました。
広い参道が延びています
品陀和気命(第15代応神天皇)が祀られています
享保14年(1729年)に火災により社殿が焼失すると藩主南部利視が再建を行い八幡宮に社号を改めました。その後も明治17年(1884年)の盛岡大火などの災害や永年の風雪被害を受けて社殿は再建がくり返され、現在の社殿は平成9年(1997年)に建て直されたものです。
盛岡八幡宮の奉納
盛岡八幡宮は盛岡の総鎮守として地域の人々から篤く崇拝されてきました。神事が執り行われるほか奉納されるものも多くあります。青銅燈籠は文化9年(1812年)に盛岡城下の町人たちが寄進したもので作者は盛岡藩お抱え鋳物師である藤田善兵衛秀彭と善蔵情有で盛岡市指定文化財です。
藤田氏が鋳造した青銅燈籠です
南部流鏑馬の神事が行われることでも有名です
盛岡八幡宮は盛岡秋祭りで南部流流鏑馬が奉納されるところでもあります。五穀豊穣を祈願する神事として天和元年(1681年)から続く伝統行事は、射手奉行が馬上から人馬一体となって矢を放ち的を射抜きます。
まち旅(旅行、観光)の記録
まち旅(旅行、観光)するために参考となる情報です。
- 住所
- 〒020-0872 岩手県盛岡市八幡町13−1
- アクセス
- 盛岡駅からバスで20分八幡宮下車から徒歩すぐ
- 営業時間
- 9:00~17:00
- 料金
- 参拝無料
- 地図