伊賀の町並み
伊賀上野は城下町として発展し街中には今でも古い建物が残ります。かつて忍者の拠点となっていた場所が数多く残り伊賀流忍者発祥の地として、平成31年(2019年)からは上野市駅は忍者市駅と併記されるなど町をあげて忍者を観光資源としています。
現在は忍者市駅との表記です
忍者が至る所に隠れています
忍者は世界的にも人気があり、伊賀流忍者の発祥の地である伊賀市は多くの外国人観光客も訪れています。忍者一色の町ではありますが、江戸時代以降は伊賀上野城の城下町として栄え、また松尾芭蕉の生誕の地でもあります。町並みは昭和の古い景色が残り情緒あふれる町になっています。
芭蕉翁生家
奥の細道で有名な俳人・松尾芭蕉の生家が伊賀市にあります。天保元年(1644年)に伊賀で誕生した松尾芭蕉は日本国内を旅して俳句を残していることから忍者の末裔ではないかと言われているほどです。
江戸時代後期の建物だと思います
土壁などで造られている家屋です
松尾芭蕉はこの生家で29歳まで過ごしました。奥庭にある離れは処女句集「貝おほひ」を執筆した釣月軒で、帰郷の際にはここで過ごしたといわれています。門前には「古里や臍のをに泣としのくれ」の句碑があります。
俳句を嗜む方からは「生家」よりも「聖家」と思われているかもしれません。芭蕉翁の生家は、昭和30年(1955年)に伊賀市指定文化財となりました。
愛宕神社(忍者神社)
愛宕神社は、伊賀上野の城下町の南東に鎮守する地主神です。創建は不明ですが、天正伊賀の乱で灰燼となった社殿を忍者の祖と云われる修験者・小天狗清蔵の勧進により再興されました。元和2年(1616年)には藤堂高虎が大檀那、別当大福寺住職小天狗清蔵が本願となって造立し、寛文12年(1672年)に再建、文政2年(1819年)に大修理された記録が残ります。
入口の鳥居です
社殿は江戸時代前期の造りです
愛宕神社の奥には忍者神社が併設されています。参拝するルールが忍者にまつわる方式のようで解説があります。この辺りからも忍者を押していることが分かります。
上野天神宮(菅原神社)
上野天神宮は、学問の神様として菅原道真を主祭神としているため菅原神社とも呼ばれます。創建は不詳ですが、藤堂高虎による城下町づくりを行っている慶長16年(1611年)にこの地に奉遷されて城郭鎮守として祀られています。宝永元年(1704年)に建立された三重県有形文化財の楼門の両側にある像は、どちらも菅原道真であるとのことです。
楼門は三重県有形文化財に指定されています
菅原道真公の遺体を乗せていた牛だと思う
関西秋の三大祭の一つである上野天神祭は毎年10月に奉納される秋祭で、平成14年(2002年)に国指定重要無形民俗文化財に指定されています。また、上野天神祭のダンジリ行事が2016年に「山・鉾・屋台行事」のユネスコ無形文化遺産に登録されています。
旅の記録
- 住所
- 三重県伊賀市上野丸之内
- アクセス
- 伊賀鉄道上野市駅から徒歩10分圏内
- 営業時間
- 8:30〜17:00(芭蕉翁生家)
- 料金
- 300円(芭蕉翁生家)