姫路城
姫路城は、正平元年(1346年)に赤松貞範が築城した説が有力で当時は砦や館のような小規模なものでした。戦国時代後期に黒田氏や羽柴氏が城代になって本格的な城郭に拡張されていき、現在のような城郭は関ヶ原の戦いの後に池田輝政が拡張しています。
江戸時代初頭の城郭建築技術を極めたとされる姫路城は、外観の美的完成度の高さはもちろん、軍事的役割を兼ね備えた独自の構造が高く評価されています。また白漆喰総塗籠の白壁から「白鷺城」とも呼ばれることもあります。
昭和6年(1931年)には天守閣が国宝になり、平成5年(1993年)にはユネスコの世界遺産に登録されました。
姫路城の入口のあたりです。
きれいな石垣と姫路城です。
姫路城の特徴として白漆喰総塗籠の白壁があります。このため「白鷺城」とも呼ばれることもあります。石垣に囲まれる巨大な城郭に白亜の天守閣が美しいです。
5重6階地下1階の大天守です。
桜門橋を渡ってすぐにある正門です。
姫路城の構内に入る際に最初に通る門が桜門橋を渡ってすぐにある大手門です。大手門自体は復元されたもので建造当時のものではありません。
菱の門は櫓門と呼ばれる型式の二の丸の入口を固めた門で両柱の上の冠木に木彫りの菱の紋のあることから名前が付いけられています。門全体に安土桃山時代の様式を残しており城内で最も大きな門です。
門の冠木に木彫りの菱の紋のあります。
急勾配の石垣は登りにくく防御が高いです。
姫路城は天守にもいろいろな仕掛けがあります。石垣は上にいくほど急勾配にで開いた扇の曲線に似ているので「扇の勾配」と呼ばれています。
櫓や土塀などには攻撃用の小さな穴が開けられていて、これを「狭間」と呼びます。姫路城には円形や三角形など6種類の狭間があります。縦長の長方形のものが矢を放つためで他の形のものは鉄砲を撃つための狭間です。
弓や鉄砲を撃つための穴が開けられます。
天守が近くにあるように見える造りです。
はの門は国の重要文化財に指定の櫓門です。「はの門」は坂の上にあり坂の下から見あげると正面に天守閣が見え敵に天守閣がすぐそこだと錯覚するように造られています。
姫路城天守閣内部
姫路城は何度も修繕が行われましたが落雷や火災の被害に遭うこともなく現在に至ります。そのため当時の造りが残っています。
長い歴史が刻まれた廊下は条項な雰囲気があります。西の丸には百間廊下があり、およそ300メートルもある長い廊下です。
長い廊下は姫路城の特徴かもしれません。
天守閣を支える太い大柱です。
姫路城は世界屈指の木造建築ですが、大天守は構造上横揺れに弱いため地下1階から5階までを大きな2本の柱が貫いています。
太い大黒柱、西大柱と東大柱です。
城内に井戸跡があります。
姫路城には櫓の中に井戸を構えます。備前丸に居館を構えた池田氏の治世の時代には、ここから御殿へと水を供給したと推測されます。慶長年間の築と推測され国の重要文化財になります。
最上階に刑部(長壁)大神を奉った刑部神社があります。天守に妖怪が出るという噂があり夜の見張り番はみんな恐れてしまいました。そこで宮本武蔵は妖怪の正体を突き止めようと朝まで待つと城の守り神である長壁姫が現れます。もともと本丸のある姫山に刑部神社がありましたが、築城の際に移動させたため妖怪が天守に住み着いたと言うので、刑部神社が祀られたようです。
城の守り神を祀っています。
姫路市内がよく見えます。
姫路城から町並みが展望されます。こんな立派な城郭が太平洋戦争の空襲でも焼失しなかったのは奇跡な気がします。
姫路城の歴史
姫路城の歴史をまとめてみました。
- 元弘3年(1333年)
- 赤松則村(円心)が護良親王の命により挙兵し京に兵をすすめる途中で姫山に砦を築く。
- 正平元年(1346年)
- 赤松貞範、姫山に本格的な城を築く。
- 嘉吉元年(1441年)
- 嘉吉の乱。赤松満祐父子、六代将軍足利義教を謀殺し自害。山名持豊が姫路城を治める。
- 応仁元年(1467年)
- 応仁の乱。赤松政則が姫路城を陥落し領国を回復。本丸、鶴見丸を築く。後に一族の小寺氏、その重臣の黒田氏が城をあずかる。
- 天正8年(1580年)
- 羽柴秀吉の中国攻略のため黒田孝高が城を秀吉に献上する。秀吉が3層の天守閣を築く。翌年完成。
- 天正13年(1585年)
- 木下家定、姫路城主となり16年間治める。
- 慶長5年(1600年)
- 関が原の戦の後、池田輝政が姫路城主になる。
- 慶長6年(1601年)
- 池田輝政が城の大改築を始め9年後完成。
- 元和3年(1617年)
- 池田光政が鳥取城へ移り本多忠政が姫路城主に。三の丸、西の丸、そのほかを増築する。
- 寛永16年(1639年)
- 松平忠明が姫路城主となる。
- 慶安2年(1649年)
- 榊原忠次が姫路城主になる。その後、松平、本多、榊原各氏が城主になる。
- 寛延2年(1749年)
- 酒井忠恭が前橋から姫路城主になる。明治維新まで酒井氏が城を治める。
- 明治2年(1869年)
- 酒井忠邦が版籍を奉還し姫路城は国有になる。
- 昭和6年(1931年)
- 姫路城天守閣、国宝に指定される。
- 平成5年(1993年)
- ユネスコの世界文化遺産に登録される。
- 住所
- 兵庫県姫路市本町
- アクセス
- 姫路駅から神姫バス「大手門前」下車、車は付近に駐車場あり
- 営業時間
- 09:00~17:00(休城日12/29、30)
- 料金
- 1,000円