ギーザ

ギーザは、首都カイロからナイル川を挟んだ西側に位置しています。三大ピラミッドと大スフィンクスが有名で、1979にメンフィスとその墓地遺跡としてギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯が世界遺産に登録されています。
概要
- 面積
- 1,580km2
- 標高
- 19m
- 人口
- 3,628,062人 (2012年)
- 地図
歴史
古代エジプトを統一したメネスは、ギーザ南部のメンフィスを首都としました。エジプト古王朝時代のファラオは巨大なピラミッドを建造し、その守り神としてスフィンクスを置きました。エジプト中王国時代から首都がテーベなどに移りますが、ギーザやメンフィスは交通の要衝として重要な地位を保ち続けました。
古代エジプト初期王朝
紀元前3000年頃に集落国家ノモスを統合して古代エジプトが建国しました。初代ファラオのメネスはギーザの南部30キロほどのメンフィスを首都としました。ファラオは灌漑網の整備と対外交易の独占で権力を強め、支配領域をナイル川中流の上エジプトまで広げていきました。
エジプト古王国時代
紀元前2650年頃から2160年頃にかけてエジプト文明は最初の繁栄を迎えました。第4王朝のクフ王、カフラー王、メンカウラー王はギザに三大ピラミッドを建造しました。第5王朝になると王権が衰退をはじめ、政治は混乱するようになりました。

階段ピラミッド
紀元前2700年頃のエジプト古王国第3王朝のファラオであるジョゼル(ネチェルイリケト)が宰相イムホテプに命じて建造しました。

屈折のピラミッド
紀元前2600年頃にスネフェルが建築したピラミッドで、勾配がきつくて頂上付近を造ることができないため、途中で傾斜を緩くしたと言われています。

赤のピラミッド
紀元前2600年頃にスネフェルが建築したエジプトで3番目に大きなピラミッドで、表面の花崗岩が赤く見えることから名付けられました。

ギザの三大ピラミッド
クフ王、カフラー王、メンカフラー王のピラミッドで、最大規模はクフ王のピラミッドです。石の重みで崩れないように上になるほど積まれる石が小さくなります。

大スフィンクス
紀元前2680年にカフラー王の守り神として建造されました。ライオンの体とカフラー王の顔がある全長74メートル、高さ20メートル、顔幅4メートルの像です。

太陽の船
来世の世界へ太陽神ラーと最後の旅をするための木造船と言われます。全長42メートル、重さ20トンある木造船はレバノン杉でつくられています。
エジプト中王国時代
紀元前2100年頃からヘラクリオポリスとテーベ(現ルクソール)に王朝が並立しますが、紀元前2040年頃にテーベのメンチュヘテプ2世がエジプトを再統一しました。エジプト中王国が衰退した紀元前1720年頃には、アジアの遊牧民ヒクソスが侵攻するようになりました。
エジプト新王国時代
紀元前1565年頃にイアフメス王がヒクソスを追放してエジプトを再統一しました。アジアから侵攻を受けたことでハトシェプストの義理の子トトメス3世は、紀元前1486年にシリアやパレスチナに遠征を繰り返しました。テーベのアメン神を司る神官が権力を持つようになると、アメンホテプ4世は宗教改革を中心としたアマルナ改革を行い、紀元前1364年に首都をテーベとメンフィスの中心付近テル=エル=アマルナに移しましたが、アメンホテプ4世死後にテーベに首都が戻されました。

スフィンクス
メンフィス博物館にあるスフィンクス像はエジプトで2番目に大きなスフィンクスで、ハトシェプストの顔を模したものと言われます。

ラムセス2世巨像
ラムセス2世は自己顕示欲が強く各地に像が残されています。メンフィス博物館にあるラムセス2世の巨像は全長は15メートルあります。
メンフィスの破壊
紀元前672年にメソポタミアのアッシリアに侵攻されると、メンフィスは破壊されました。紀元前332年にアレキサンドロス大王がメンフィスを占領してエジプトを制圧し、遠征後のプトレマイオス軍によりメンフィスは完全に破壊されました。