ウルバンバ

ウルバンバはクスコとマチュピチュの中間に位置するウルバンバ渓谷にあります。クスコよりも標高が低いため、小さな町ですが高山病を予防するために宿泊する旅行者が多いです。ウルバンバ川は作物に恵みを与えマチュピチュを通りアマゾン川に合流しています。
概要
- 面積
- 不明
- 標高
- 2,400m
- 人口
- 0.3万 (2017年)
- 地図
歴史
聖なる谷と呼ばれたウルバンバ渓谷は、インカ帝国で中枢をなす場所でした。クスコより低い標高が低く穏やかな土地はインカ皇帝の避寒地となり、ウルバンバ川の恵みと渓谷の地形は農作物を育てる試験栽培に活かされました。スペイン統治時代にも町が建造され、スペイン風の建物が残されています。
インカ帝国の避暑地
ウルバンバ渓谷はインカ時代に聖なる谷(バジェ・サグラド)と呼ばれました。首都クスコよりも1000メートルほど標高が低いため、インカ皇帝が避寒地として利用しました。首都クスコに食料を供給する土地としての側面もあり、モライ遺跡やマラス塩田などのインカ時代の農業に関係する施設が整備されました。

オリャンタイタンボ遺跡
ウルバンバ谷の西端にある要塞で、谷を塞ぐように作られました。周囲の斜面にも名前が無いインカ時代の小さな遺跡が無数に残されています。

モライ遺跡
モライとはケチュア語で丸く窪んだ場所を意味します。インカ時代に農業栽培の試験を行う円形状のアンデネス(段々畑)が広がります。
スペイン統治時代
1535年にフランシスコ・ピサロがクスコを占領してインカ帝国を滅ぼすと、インカの人びとはウルバンバ渓谷をスペインに抵抗する拠点としました。やがてスペイン統治時代に入ると、スペイン人たちはチンチェーロに教会を建てるなど古いスペイン風の町並みをつくりました。

オリャンタイタンボ
ウルバンバ川支流のパタカンチャ川が流れる農村で、温暖な気候と豊富な水で古くから盛んに農業が行われました。たくさん並ぶ建物の多くは穀物倉庫だそうです。