カンペーン・ペッ
ムアンカムペーンペット郡は、タイの北部のカムペーンペット県にある郡で、カムペーンペット県の県庁所在地でもあります。かつてビルマからの侵攻を防ぐための要塞都市として発達しました。スコータイやアユタヤ関連の遺跡はカムペーンペット歴史公園としてユネスコ世界遺産にも指定されています。
概要
- 面積
- 1,349km2
- 標高
- 不明
- 人口
- 73万人
- 地図
歴史
カンペーン・ペッは、スコータイ王国がビルマ軍の侵略から守るために建造された城塞都市で、スコータイ王国の王族が派遣されて支配しました。ダイヤモンドの城壁を意味する城壁に囲まれた都市で、内部にはエメラルド仏が祀られていたと伝承される寺院などが残されています。
スコータイ王国の副都
1238年にクメール帝国から独立したスコータイ王国は、スコータイを中心に北部シーサッチャナライ、東部ピサヌローク、南部ピチット、西部カンペーン・ペッの4つの副都を設けて王族を派遣して支配しました。チャーカンラーオと呼ばれていたカンペーン・ペッは、ビルマからの侵攻を抑えるため設けられたと言われています。
カンペーン・ペッ
南北約2キロ、東500メートル、西側250メートルの長方形のような形で城壁が囲み、城壁内部には寺院が点在する都市でした。
カンペーン・ペッ城壁
カンペーン・ペッとはダイヤモンドの城壁という意味で、アユタヤ王国が支配した15世紀頃から呼ばれていると考えらえています。
カンペーン・ペッの寺院
バンコクにあるワット・プラケオと同じ名前の寺院がカンペーン・ペッにも残されています。バンコクのワット・プラケオと同じように王宮寺院で、伝承ではバンコクに祀られているヒスイで作られたエメラルド仏が、かつてこの寺院に安置されていたと言われています。
ワット・プラケオ
伝承ではバンコクに祀られているヒスイで作られたエメラルド仏が、かつてこの寺院に安置されていたと言われています。
ワット・プラケオ
保存状態が良い涅槃像と2体の坐像は全体的に少し角張り、後頭部は絶壁のように厚みがないカンペーン・ペッの仏像の特徴があります。
ワット・プラタート
スリランカ様式の仏塔が並びます。ワット・プラケオの隣にありますが、建造年代は異なります。
ワット・プラタート
八角形の台座にスリランカ仏教の釣鐘型をしている仏塔が置かれています。仏塔はクメール文化の影響は受けていない形です。
ワット・プラシーイリアボット
大きな礼拝堂に4体の仏像は背中合わせに祀られていました。仏像は東に遊行仏、南に座仏、西に直立仏、北に涅槃仏が祀られていました。
ワット・プラシーイリアボット
現存するのは直立仏のみですが、この直立仏はカンペーン・ペッ独自の様式と言われています。
ワット・チャンローム
台座をゾウの像に囲まれた寺院で、スコータイ王朝後期からアユタヤ朝前期に建てられました。
ワット・チャンローム
ビルマ軍の侵攻により仏塔などは破壊されましたが、寺院の基部に巡らされているゾウの像は破壊を免れています。
ワット・プラノーム
涅槃像が安置されていた寺院ですが、内部には仏像は現存しておらず樹木が建ち並ぶ鬱蒼とした寺院遺跡です。
ワット・プラノーム
寺院はラテライトと呼ばれるレンガに使われる紅い土で仕上げられているため、赤みの強い柱や壁が残されています。
ワット・プラボロムタート
ビルマ様式の黄金の仏塔は眩しいほどで、仏塔の中には仏陀の遺骨である仏舎利が祀られています。
ワット・プラボロムタート
新しい寺院ではありますが、スコータイ王国リタイ王が14世紀に創建した寺院で、カンペーン・ペッで最も重要な寺院です。
ダイヤモンドの城壁
カンペーン・ペッは、かつては多くの寺院がありましたが1767年のビルマ軍の侵攻によりほとんど崩壊しました。