ダナン

ダナンは、ベトナム中部にあるハノイ、ホーチミンに次ぐベトナム第3位の港湾都市です。砂浜のビーチとフランス植民地時代に栄えた港の歴史で知られるます。世界のビーチベスト6に選ばれた白くて長いダナンビーチは透明度が高い青いビーチです。
概要
- 面積
- 1,285km2
- 標高
- 不明
- 人口
- 113.4万 (2019年)
- 地図
特集
歴史
ダナンはハン川の河口に位置し、ホーチミン、ハイフォンに次いで大きな港町です。フランス統治時代にテューランと呼ばれ、フランス総督府の直轄地となりました。その影響からフランス統治時代にダナン大聖堂が建てられています。
グエン王朝の支配下
ダナンはチャンパ語で大きな川や中心の河口を意味し、16世紀の頃まで小さな港町にすぎませんでした。当時はホイアンが貿易拠点で栄えていましたが、1835年に阮(グエン)王朝ミン・マン王がダナン以外での貿易を禁止したため、ダナンは貿易の一大拠点となりました。

ダナン港
ベトナム中部最大の港湾で、この地域の物流と経済活動を支えています。ハン川に架橋されたドラゴン橋は、ダナン港のシンボルとなりました。

コン市場
ダナンで最も古い伝統的な市場です。多くの店舗が朝7時から夜7時頃まで営業し、ベトナムの活気あふれる文化と食をより深く体験できます。
フランス統治下のトゥーラン市
1858年にナポレオン3世は、宣教師殺害に対する賠償を口実としてスペインと共同でベトナムに出兵してコーチシナ戦争が起きました。フランスはベトナムだけでなくカンボジアやラオスも支配下に置き、1887年にフランス領インドシナ連邦が成立しました。1889年にフランスはベトナム全土を支配し、フランスからの命令でダナンはトゥーラン市と変更されました。
キリスト教の普及
ベトナムにキリスト教が伝来したのは、1533年にポルトガル人宣教師が布教したことに始まります。1615年にスペインやポルトガルの宣教師がホイアンに伝導教会を設立して、北部沿岸で少しずつ信者が増えていき、現在は仏教徒に次いでキリスト教徒が多い国になりました。

ダナン大聖堂
淡いサーモンピンク色を基調としたネオゴシック様式の左右対称の教会です。屋根には風見鶏があることから鶏教会とも呼ばれています。

ダナン大聖堂
フランス統治時代に創建したダナンで唯一あるカトリック教会です。1923年から1924年にかけて建てられました。
ベトナム戦争
第二次世界大戦が終結すると、再びフランスがダナンに侵攻して第一次インドシナ戦争となりました。フランスはディエンビエンフーの戦いで大敗してフランスのベトナム支配は終わりますが、ベトナムの共産化を恐れたアメリカが介入してベトナム戦争へと発展しました。1965年にアメリカ海兵隊はダナンに上陸して大規模な軍事施設を建設しました。

ハイヴァン峠
ダナンとフエを結ぶ交通の要衝で、ベトナム戦争では戦略的に重要な場所でした。峠の頂上にはバンカー(掩蔽壕)が残されています。
リゾート都市としての開発
1975年にベトナム戦争が終結しますが、ダナンの経済は米軍基地に依存していたため、町はスラム化して犯罪が増加しました。ベトナム政府はダナンの観光開発に力を入れ、美しいビーチを活用したリゾート都市として生まれ変わりました。

ダナン市街
ハン川を挟んで西側を中心に発展し、ダナン市街地に近いミーケービーチなど、ベトナム中部随一のビーチリゾートとして発展しました。

ハン市場
朝6時頃から市場が開かれています。店員さんが伝統的な葉笠ノンラーを被りながら代表的なベトナム料理フォーを食べている姿があちこちで見受けられました。