歴史、文化、グルメに触れる教養チャレンジ!【まいぷら】私のぷらぷら計画(まいぷら)

歴史、文化、グルメに触れる教養チャレンジ!

大英帝国が収集した芸術品

イギリス・ロンドンの大英博物館

18世紀に産業革命により資本主義経済を発展させた大英帝国は、世界各地に植民地を持ち繁栄を極めました。イギリスには多くの富豪が誕生して世界各地の歴史的に価値のある芸術品を収集しました。やがて収集された芸術作品は英国政府が譲り受け、広く一般の人々に無料で展示されるようになりました。

大英博物館

大英博物館は、医師で収集家のサー・スローンが収集物を国に寄贈したことが始まりと言われる世界最大級の博物館です。1759年から一般に公開されるようになり15万点以上が常時展示されています。世界各地から強制的に収集された展示品が多いため盗品博物館と揶揄されることもあります。

エジプト展示

世界最大級の博物館である大英博物館には世界各地から集められた800万点を越える作品が収蔵されています。作品が良い状態で保存・展示されています。特に古代エジプトのファラオの遺品の収蔵が充実しています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_ロゼッタ・ストーン

ロゼッタ・ストーン

1799年にエジプト遠征中のナポレオンの配下が偶然発見した石碑で、紀元前196年に制定された法令が記され、ヒエログリフ(神聖文字)が解読されました。

イギリス・ロンドンの大英博物館_ラムセス2世の胸像

ラムセス2世の胸像

エジプト第19王朝のファラオで紀元前13世紀に67年に渡りエジプトを統治しました。ラムセス2世の胸像は紀元前1270年頃に作られたものです。

イギリス・ロンドンの大英博物館_アメンホテプ3世の頭像

アメンホテプ3世の頭像

古代エジプト第18王朝9代目のファラオで、絶世の美女と言われるネフェルティティを妻として、紀元前1391年から1353までエジプトを治めました。

イギリス・ロンドンの大英博物館_プタハシェプセスの偽扉

プタハシェプセスの偽扉

死者の魂が供物を受け取るために偽扉の奥にある埋葬室から礼拝室へ抜けるときに通る扉だと言われ、周囲にはプタハシェプセスの生涯が記録されています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_ジンジャー

ジンジャー

紀元前3100年以前の成人男性のミイラで、赤い髭の毛が生姜に見えるため名付けられました。殺害されて偶然にミイラ化したものと考えられています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_女性のカテベトのミイラ

女性のカテベトのミイラ

エジプトのテベスで発見された紀元前1300年頃のミイラです。神に仕える年配の女性で、儀式で歌や演奏をしていたと考えられています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_女祭祀ヘヌトメヒトの棺

女祭祀ヘヌトメヒトの棺

第19王朝時代にテーベで巫女を務めたヘヌトメヒトの金の棺で大量の金が使われています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_死者の書

死者の書

セティ1世に仕えたフネフェルのために書かれたもので、アヌビス神に導かれ右端の冥界の神オシリス神に面会して審判を受ける様子が描かれています。

アッシリア・メソポタミアの展示

エジプト、黄河、インダスと並び世界四大文明の一つで最古の文明であるメソポタミア文明は、世界最古の楔形文字や世界最古の法典(ハムラビ法典)が誕生したことでも有名です。集落から都市国家に変わる中で生まれたウルク文化や都市国家から大帝国に成りあがったアッシリアの展示が充実しています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_王のライオン狩り

王のライオン狩り

アッシリアの首都ニネヴェから発掘された紀元前645〜635年に製作されたレリーフで、馬車に乗るアッシュールバニパル王がライオンに向けて矢を放ちます。

イギリス・ロンドンの大英博物館_人面有翼牡牛像

人面有翼牡牛像

紀元前865年頃に造られた守護獣像でアッシリアの宮殿から出土しました。古代メソポタミアの宮殿では悪魔から守るために門に置かれることが多いようです。

イギリス・ロンドンの大英博物館_ウルク出土の粘土板

ウルク出土の粘土板

古代都市ウルクで出土した楔形文字が刻まれた粘土板です。

イギリス・ロンドンの大英博物館_楔形文字の粘土板

楔形文字の粘土板

紀元前700~600年頃のものと考えられ、古代メソポタミアの都市ウルクの支配者が不死を求めて旅をするギルガメシュ叙事詩の一部が刻まれます。

イギリス・ロンドンの大英博物館_ウルのスタンダード

ウルのスタンダード

ユーフラテス川の下流にある都市ウルから出土しました。軍隊の先頭に飾られる軍旗、旗手の飾り物と考えられているスタンダードです。

イギリス・ロンドンの大英博物館_宝飾品を着けた女性の胸像

宝飾品を着けた女性の胸像

ウルの王墓から出土した遺体に着けられていた宝飾品です。死後も主人に仕えられるように毒を飲み一緒に埋葬された召使のものと考えられています。

ギリシャの展示

大英博物館にはギリシャ・アテネのパルテノン神殿の装飾の一部が展示されています。19世紀にエルギン卿がギリシャを治めていたオスマン帝国のスルタン・セリム3世から許可を得て輸出されたものと言われますが、ギリシャから返還を求められています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_パルテノン神殿の破風彫刻

パルテノン神殿の破風彫刻

1799年にエルギン伯爵が英国に持ち込んだパルテノン神殿の破風で、こらの大理石の彫刻はエルギン・マーブルと呼ばれています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_ネレイデス・モニュメント

ネレイデス・モニュメント

紀元前4世紀頃のトルコ南西部のクサンソスに暮らした支配者の墓廟で、ギリシア神話の海の女神のネレイデスたちの彫刻が施されています。

アジアの展示

東アジア、東南アジア、南アジアの展示では、主に中国、インド、スリランカなど大英帝国がアジア諸国を植民地にしていた時に略奪された美術品が展示されています。また、日本の甲冑などの展示もあります。

イギリス・ロンドンの大英博物館_シヴァ・ナタラージャ

シヴァ・ナタラージャ

ヒンドゥー教における創造と破壊の神で、1100年頃に製作されました。踊るシヴァ神とも言われ、何者にも恐れないことを意味します。

イギリス・ロンドンの大英博物館_釈迦立像

釈迦立像

北インドのサルナートで発見された435年頃のグプタ王朝の時代の仏像です。

イギリス・ロンドンの大英博物館_タラ像(多羅菩薩像)

タラ像(多羅菩薩像)

スリランカで発見された青銅に金メッキが施された像で、19世紀初頭にスリランカ・キャンディ王国をイギリスが併合したときに略奪されました。

イギリス・ロンドンの大英博物館_唐の三彩俑

唐の三彩俑

中国唐の時代に有力者の墓に埋葬された副葬品で、唐を代表する陶磁に唐三彩がありラクダや馬、神将などが焼成されています。

ヨーロッパの展示

大英博物館のヨーロッパの展示は地元イギリス国内で発掘されたものや貴族などが所有していたコイン、からくり時計、地球儀、食器などの美術品が展示されています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_サットン・フーの兜

サットン・フーの兜

1939年にイングランドのサットン・フーで発見されたアングロサクソン人の墓の副葬品です。この兜とともに銀食器やコインなどが大量に発掘されました。

イギリス・ロンドンの大英博物館_ポーランドの壺

ポーランドの壺

西暦25年頃に古代ローマで作られた壺で、一度割れたものが修復されています。壺の表面には座り寛ぐ人が描かれているカメオ細工のガラスの傑作です。

中南米の展示

中南米の展示ではメキシコにあたる地域で発展したメソアメリカ文明(アステカ文明やマヤ文明など)の不思議で魅力的な美術品を見ることができます。またイースター島にあるモアイ像も展示されています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_生贄儀式用のナイフ

生贄儀式用のナイフ

アステカでは終末信仰に基づく人身御供が行われており、生きた心臓を神に捧げるため生贄として人体を切り裂くナイフが展示されています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_ケツァルコアトルの仮面

ケツァルコアトルの仮面

アステカの神様であるケツァルコアトルは蛇神で文化や農耕を司る神で、仮面はトルコ石(ターコイズ)で作られ、歯は貝殻が使われています。

イギリス・ロンドンの大英博物館_双頭の蛇のモザイク

双頭の蛇のモザイク

15~16世紀に作られた胸飾りで、アステカ人はスペイン人を白い神ケツァルコアトルの再来と思い、双頭の蛇のモザイクを渡しました。

イギリス・ロンドンの大英博物館_モアイ像

モアイ像

イースター島の巨石像で祖先を祀るために紀元前1000年頃から17世紀後半まで作られました。正式名称はホア・ハカナナイアで隠れた友などの意味があります。

ナショナル・ギャラリー

ナショナルギャラリーは、銀行家ジョン・ジュリアス・アンガースティンの私蔵コレクションを英国政府が買い取り、1824年に一般に公開したのが始まりの国立美術館です。ヨーロッパの名画絵画を多数コレクションしており、宮殿のような美しい館内で歴史的に価値がある美術品を無料で拝見することができます。ナショナル・ギャラリーでは12世紀半ばから20世紀初頭のヨーロッパ古典巨匠の絵画を2300点以上を所蔵しています。

1500年頃までの絵画

1500年はダ・ヴィンチ、ラファエロ、ボッティチェリなどのルネッサンス期の作品になります。サンドロ・ボッティチェリのヴィーナスとマルスは、愛と美の女神ヴィーナスと戦いと農耕の神マルスが描かれています。レオナルド・ダ・ヴィンチの岩窟の聖母は、聖母マリアと幼児キリスト、洗礼者ヨハネ、天使が描かれます。

イギリス・ロンドンのナショナルギャラリー_ヴィーナスとマルス

ヴィーナスとマルス

ヴィーナスはマルスを愛人としました。マルスの頭の近くにあるハチの巣は不貞の愛は痛みを伴うことを示しているとも言われます。サンドロ・ボッティチェリ(1483年)

イギリス・ロンドンのナショナルギャラリー_岩窟の聖母

岩窟の聖母

岩窟の閉ざされた空間は聖母の処女性を象徴して聖母の体内の純潔を強調しています。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1483~1486頃)

1500年代の絵画

1500年代もルネサンスが隆盛した時代になります。ティツィアーノ・ヴィチェッリオのバッカスとアリアドネは、酒とワインの神バッカスの左手にグレタ島の王女アリアドネが描かれています。パオロ・ヴェロネーゼの傑作である東方三博士の礼拝は、イエス・キリストが誕生したときに現れた新星がエルサレムのヘロデ王のもと移動したため、それを見ていたペルシアの占星術者たちが星を追い向かうと、ベツレヘムで幼児が誕生したため捧物を献じたと言われる降誕物語の一部を描いています。

イギリス・ロンドンのナショナルギャラリー_バッカスとアリアドネ

バッカスとアリアドネ

一目惚れしたバッカスが戦車からアリアドネに飛びかかろうとしている姿を描いています。ティツィアーノ・ヴィチェッリオ(1520~1523)

イギリス・ロンドンのナショナルギャラリー_東方三博士の礼拝

東方三博士の礼拝

ベツレヘムでキリストが誕生して捧物を献じたと言われる降誕物語の一部を描いています。パオロ・ヴェロネーゼ(1573)

1600年頃の絵画

1600年代は誇張された動き、凝った装飾の多用、強烈な光の対比が特徴のバロック派が隆盛しました。洗礼者の首を持つサロメはケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオの作品です。サロメがヘロデ王に舞踏の褒美としてヨハネの首を求めたため、ヨハネの首が届けられたという聖書の場面を描いています。鏡のヴィーナスはヴィーナスの化粧とも呼ばれます。スペインを代表するバロック派のベラスケスの作品で、ベラスケスがルーベンスの勧めでイタリアを訪問したときに描いた唯一の裸婦画です。

イギリス・ロンドンのナショナルギャラリー_洗礼者の首を持つサロメ

洗礼者の首を持つサロメ

左手の女性サメロがヨハネの首を求め、その首が届けられたという聖書の場面です。ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ(1608~1609)

イギリス・ロンドンのナショナルギャラリー_鏡のヴィーナス

鏡のヴィーナス

ベラスケスはこの世で一番美しいものの一つが女性の裸だと述べています。ディエゴ・ベラスケス(1647~1651頃)

1650年以降の絵画

1650年以降はバロック派から印象派へ移行した時期にあたります。ヨハネス・フェメールの作品は世界的に作品が少ないことで有名ですが、ナショナルギャラリーに2枚あり、そのうちの1枚がヴァージナルの前に立つ女です。印象派のフィンセント・ファン・ゴッホは、個人的な取り組みやゴーギャンとの関係性の中でヒマワリを多数描いています。ナショナル・ギャラリーにあるヒマワリは1888年に南仏アルルに滞在していたときに手掛けたもので1924年にナショナル・ギャラリーが親族から譲り受けて展示しています。

イギリス・ロンドンのナショナルギャラリー_ヴァージナルの前に立つ女

ヴァージナルの前に立つ女

ヴァージナル(チェンバロ)を演奏する女性が描かれており、窓からの光で輝くレースや真珠が美しいです。ヨハネス・フェルメール(1670~1672頃)

イギリス・ロンドンのナショナルギャラリー_ひまわり

ひまわり

ゴッホは、個人的な取り組みやゴーギャンとの関係性の中でヒマワリを多数描いています。フィンセント・ファン・ゴッホ(1888)