札幌市

札幌市は、石狩平野の南西部に位置し、南部に広がる山地から流れる豊平川が扇状地を形成しています。日本海型気候で夏は爽やかですが、冬は雪が多く寒冷で四季が明瞭に現れます。北海道の政治・経済・文化の中心地であり、大都会の利便性と豊かな自然が共存する芸術文化の盛んな街としても知られています。
概要
- 面積
- 1,121.26km2
- 人口
- 1,962,085人(2021年)
- 市の木
- ライラック
- 市の花
- スズラン
- 市の鳥
- カッコウ
- 地図
特集
歴史
旧石器時代、縄文時代、弥生時代
ラウネナイ川~月寒川の上・中流域で旧石器が発見されています。縄文時代に海面が上昇すると札幌北部は海没したため、縄文時代中期以降の遺跡が多く残され、縄文時代晩期の丘珠縄文遺跡は低湿地を利用し、N30遺跡から出土した土器は東北地方で広く見られる紋様がありました。
古墳時代、飛鳥時代
北海道では水稲耕作は浸透せず、狩猟採集を中心とした続縄文時代が続きました。
奈良時代、平安時代
本州の土師器をまねた擦文土器が使われるようになり、北方のオホーツク文化とも融合していきました。
鎌倉時代、南北朝時代
土器や竪穴住居が作られなくなり擦文文化が終わりを迎えました。アイヌ文化が形成されていき、中央に炉跡を伴う平地式住居跡や平面が長楕円形で副葬品を伴う土坑墓がつくられました。
室町時代、安土桃山時代
渡島半島に倭人が移住するようになると、豊平川流域などにアイヌ民族と交易するための商場が成立し、相互の交易が盛んになりました。
江戸時代
ロシア帝国の脅威を認識した幕府は、蝦夷地の領有を対外的に宣言して松前藩を移封して直轄化しました。文政4年(1821年)に松前藩に戻されましたが、安政2年(1855年)に再び直轄地とされました。慶応2年(1866年)に箱館奉行所から開墾掛として石狩御手作場の取扱を命じられた大友亀太郎は、現在の札幌市東区で開墾を始めて札幌の町づくりを始めました。亀太郎が整備した大友堀が創世川の基となりました。
明治時代、大正時代、昭和時代
明治2年(1869年)に開拓使が設置されて札幌本府の建設が始まりました。明治8年(1875年)に最初の屯田兵が移住して鉄道を敷き、産業を興して札幌を築いていきました。昭和31年(1956年)に札幌テレビ塔が完成し、昭和47年(1972年)に札幌オリンピックが開催されました。

琴似屯田兵村兵屋跡
札幌で最初に屯田兵が入植した琴似屯田兵村に明治7年(1874年)に建てられた屯田兵の住居のひとつです。

定山渓温泉
美泉定山がアイヌの人から源泉を教えてもらい北海道開拓者の湯治場として開湯し、昭和初期の鉄道電化で札幌の奥座敷と呼ばれました。

大倉山ジャンプ競技場
ホテルオークラの創始者である大倉喜七郎は、昭和7年(1932年)に私財を投じて建造した60メートル級ジャンプ台大倉シャンツェを前身としています。

豊平峡温泉
平成4年(1992年)に開湯した比較的新しい温泉で、美肌の湯といわれる泉質で多くの温泉客で賑わいます。